〜主な仕事〜

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1970年初頭より、新宿大道芸フェスティバル、新宿西口野外ニュージャズ・ニューロック
フェスティバルなどのパフォーマンスイベントをプロデュース。
1978年、総合的なイベント企画制作会社、株式会社ステーションを設立。
「夢の遊眠社」代々木体育館3部作一挙公演、ブロードウェイミュージカル
「ドリームガールズ」日本公演、「田中泯」パリオペラ座公演などを手がける。
1986年以降「ビアホール・ハートランド」のイベントプロデューサー、
1987年、新宿駅南口での2カ月にわたるパフォーマンスフェスティバル
「ハートランド・ビアサーカス」の総合プロデューサーを務める。
1988年8,9月には、六本木テレビ朝日裏の芳暉園にて、パフォーマンスフェスティバル
「ハートランド・ビアジャングル」を総合プロデュース。
1989年、山梨県白州町での「アートキャンプ白州/白州・夏・フェスティバル」実行委員。
同年ベルギー・ブラッセルで行われた日本文化・芸術祭「ユーロパリア89ジャパン」
音楽・演劇担当ディレクターを務め、その功績によりベルギー国王より勲章授与。
1991年3月、東京P/Nオープニングイベント「Urban Sax」総合プロデューサー・ 日本側総合演出。
ワールドミュージックフェスティバル「ウォーマッド 91 横浜」、「ウォーマッド 92 横浜」
総合プロデューサー・日本側総合演出を務める。
群馬交響楽団50周年記念「プラハの春50周年記念ヨーロッパツアー」プロデュース。
1990〜95年、国際交流基金関係(主催)の様々な海外公演事業のプロデュースを手がける。
代表例/「アデレード・フェスティバル94」音楽部門プロデュース
「三大古典芸能欧州公演〔俊寛〕」・「田中泯ヨーロッパツアー」プロデュース、
「日墺修好125周年記念祭」・「ブルガリア日本フェスティバル」日本側総合プロデューサー、
「オーストリア建国1000年祭」日本側コーディネーター、
「新潟市民芸術文化会館」オープニングコーディネイター、
「ユーラシア・オデッセイ シリーズ」プロデューサー等。

上記の他、CDの制作〔例:「ハートランド」(オムニバス版)、「リバーオブミルク」(イヴァ・ヴィトバ)〕や
映画のプロデュース〔例:ヴィム・ベンダース監督作品「アリーシャと熊とストーンリング」〕、
出版事業なども手がける。
また、「韮崎町市民会館」「白州名水公演計画」「東五反田映音像情報都市計画」
「すみだトリフォニーホール」「米子コンベンションセンター“BIG SHIP”」「新潟市民芸術文化会館」
「さいたまスーパーアリーナ・ひろば(仮称)」等の劇場・ 文化施設の設計、管理 運営、
オープニング事業のコンサルティング業務や、「新潟市民芸術文化会館」においては
劇場スタッフの養成講座“N-PAC”の講師を務めるなど、活動領域を広げている。

音楽監督 (日本) 松田惺山 (まつだ せいざん)

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bamboo尺八演奏家。(株)鬼太鼓座代表取締役社長。
東京芸術大学音楽学部邦楽科卒業。同大学院音楽研究科修了。
和太鼓集団「鬼太鼓座」に出演し、日本各地はもとより世界ツアーに参加。公演回数は700回を超える。JVCより発売の同座CDにも自作曲を含め多数録音。1999年春、座員と共に尺八の原点を探る旅として中国国内を自らの足で1,000km走破。2001年より鬼太鼓座の代表に就任。2003年、スコットランド出身の女性パーカッショニスト、エヴェリン・グレニー氏とのコラボレーションを撮影。ドキュメンタリー映画「HEART BEAT」に収録され、2004年に 欧米にて公開。個人活動としては1995年フィンランド・タンペレビエンナーレ にて、タンペレ交響楽団とソリストとしてコンチェルトを共演。また、ジャズピアニスト板橋文夫氏の「Mix DYNAMITE」に参加し、ジャズ界のメンバーとの共演により、尺八の可能性を探求している一方で、自主企画コンサート等、信念を持った独自の方向を目指し活動中。1998年ソロアルバム「SEIZAN」をリリース